ミステリィだけに、どとまらず著者の作品は
色々読んでいるような気がしている。
そして気づいたのが、このエッセイがおもしろいということだ。
昔は、推理小説の作家は人気シリーズだけを書いていれば
良いのだと言う勝手な理屈を唱えていたものだが、最近は段々と
いいものに気づけるようになってきたような気がしている。
この本が特に読みやすいのは100講義それぞれがとても短く
連続した話ではないので、スキマ時間に軽い気持ちでドンドン読み進めていける。
実は周囲にこんな本売れないでしょうと言われたらしい。
しかも本人ですら力を入れて売ろうと思ってすらいない点がまたおもしろい。
100個もあるから迷いどころももりだくさんではあるが、その中で特にオモシロかった
おススメの部分を紹介させていただく。
時間は財産である。
カネでは解決できない問題も時間で解決することもあるという。
時間持ち(ここでは主に若者で定義されている)のほうが価値があって、
憧れの対象にもなり得るというのである。
どれだけ持っているか分からないし、少しずつしか使えないものをどう使うか。
それはカネとともに大事な事であるのは間違いない。
また、意味があることを考える無意味さの話も、斬新さを感じずにはいられない。
意味がないという言葉の使われ方の指摘も鋭い。
やはりモノ書きの言葉の使い方の指摘は「ヤバイ」。
ヤバ過ぎ(笑)なのだとか。
この話もおもしろいので必読である。
最後の方に毎日コーヒーを飲んでいることの話があって、
おいしいコーヒーを飲むためのコダワリも述べられていた。
自宅でおいしく飲めるから喫茶店にも行かないらしい。
ただ、個人的には、毎日のように飲んでいる缶コーヒーの方が
家で淹れるコーヒーよりも断然ウマい気がしている。
ちなみにブラックコーヒーが百薬の長と言えるか、
その理解は正しいのかを検証してもらいたいものである。
もちろんそれは全うな機関に。
あと最後になぜコーヒと書かないかという点について触れている。
これは馬鹿なことらしい、しかも理由を答えないというイヤらしさである。
アクセサリィとかエネルギィと書いてみたり、オーバーではなくオーバだとか、
マイナと書いたりとか、ツイッターをツイッタとしたり
こんな書き方は読み手からすると非常に違和感を覚えずにはいられない。
それはなぜなのか、ここだけは是が非でも解明させたいとともに、
そこまでの拘りがあるのならば、せめてコーヒィとでも書いてもらいたいものだ、
と思わずにはいられない。
そして、ただし奥様(あえて敬称)というフレーズが出すぎなので
かなりの愛妻家であることを感じる一冊である。