2013年10月20日日曜日

経済成長って、本当に必要なの?、という本を読んだ。

「そもそも、経済とは何のためにあるのか」

「私たちは経済に何を期待しているのか」

という質問について考える。

得てして外国人が書いた本の翻訳は退屈な話になっていることが多いと

勝手に思っているが、これは一味違う面白いところがあった。

それは、第一章 GDP 国内総生産の部分の話である。

GDPが上がっていると、経済がよくなっていると考える(実際そうだと思っていた)が、

その中身にはどのような数値で構成されているかを論じているところが非常に興味深かった。

具体的には、環境汚染でペットボトルの水を買うようになることや、

原油流出による莫大な処理費用や法的コスト、犯罪者を取り締まるための費用、

タバコが原因の肺がん治療費などこれらの費用がかかればかかるほど

GDPを押し上げるというのだ。

確かに何かを生産しているという観点ではカウントされてしまう。

また、逆のGDPとして含まれないものもどこか矛盾しているようで面白い。

こちらは原発の災害リスク費用、天然水のままではカウントされないのだが

その水を浄水場が管理するようになると水道料金に転嫁されGDPにプラスになること、

健康のためには欠かせない運動もウォーキングではただの時間の浪費だが、

スポーツクラブへ行けばそれでGDPになるとかである。

あとは、五章 暮らしの不安のヨーロッパでの取り組みを提示してあるところだろうか。

あまりにアメリカの具体的な話ではピンと来ないけれども

そのほかにも順序だって読んでいくことで何か興味が出てくるところがあるかもしれない。

そして、この本のすべてが凝縮されているのが、訳者あとがきである。

何故なら先の「そもそも、経済とは何のためにあるのか」の問いに

答えとして「経済は最大幸福を、最大多数の人々に、できるかぎり長期にわたって

提供するために存在する」とすぐにかいてあるからだ。

GDPが伸びていればいいというものではないのだ。

後世にわたって幸せが享受できるようになっていなければならないと述べている。

様々な事象に対する新たな視点を見出せるようになるための一冊として、

ビジネスマンへの推奨の一冊である。

2013年10月11日金曜日

アベノミクスが引き金になる 日本国債暴落のシナリオ、という本を読んだ。

アベノミクスはインフレを誘発し、財政を拡大して経済成長?いや正しくは再生か、

を目指しているその実態は着実に破綻への道を突き進んでいるという警鐘を鳴らしている。

誰も買わなくなった日本国債の暴落がそれを引き起こすというのだ。

そして、外国人投資家も虎視眈々とそれを狙っているらしい。

確かに増え続ける国の借金についてニュースを目にする度、

どうしてこんな状況でもっているのかが疑問に思う。

これまではそこで思考が止まっていたが、その部分について考えることができる。

ヤブ医者の間違った診断と処方箋は良い例えだと思った。

日本の産業構造が変わっているにも関わらず円安にすることでは経済が救われないというのだ。

輸出で儲かっていないので、燃料費の輸入にはコストがかかるので赤字になれば

日本の経済への信用が低下してしまうからだ。

そして、結局アベノミクスとは単なるバラマキを言い換えているだけの

ずる賢い政策なんだそうな。

国債は打ち出の小槌でも何でもなく、国民全体が引き受ける借金に他ならない

ということをしっかりと意識しているだろうか?

責任のあいまいさによって巧妙に隠されているが、

国債暴落危険はすなわちいずれは国民一人ひとりに降りかかってくる

問題であることを認識しておいてほしい。

日本国債の残高は今やおよそ800兆円近くにまで及んでいるらしい。

これが2000年では、300兆円だったというのだからこの十数年は

本当に異常事態であると気づかされる。

国債発行が税収を上回るなんて本当にありえない。

銀行などが仕方なく国債を買う理由が、他に投資先がないからという

何とも悲しい話ではないか。

さらに将来は強制的に加入させられて、真面目に保険料を払っている人すら

バカをみることになりかねない国民年金。

これはドイツ並みの高受益で、アメリカ並みの低負担だという。
(今ですら保険料が高すぎると感じているのだが。。。)

おかしなからくりばかりで甘い汁を吸い続けてきた既得権益の奴らには本当に腹立たしい。

責任のあいまいさもあって、こんなにも日本はおかしくなってしまったのだ。

すぐに取り組むべき対策として、リスク分散型の投信・株で資産運用をしておくことだ。

そして、収入減を複数持つことであるという。

まぁ、まとめとしては、言ってることは間違っていないのだが、

ユダヤ人最強説が嫌だ。個人的にそこが難点かなぁ。

2013年10月6日日曜日

ハイブリッド・バブル 日本経済を追い込む国際暴落シナリオ、という本を読んだ。

なにが、ハイブリッドなのか?ハイブリッドカーか?プリウスなのか?などという

ふざけた話は置いといて、本書では日本国債の暴落の危険性を細やかに分析している。

これによると、2013年4月4日日本国債のバブルが崩壊することが決定したらしい。

これを、日銀おひとりさまバブルと述べている。

巷でよく言われるのが、銀行預金では雀の涙程の金利しかつかない、

その他に株より安定的かつ魅力的な資産運用考えると国債にしようという考えだ。

そして、国債は日銀が買い続けるので当面暴落なんてありえないという誤った認識を持ち、

近い将来も値上がりするだろうとの予測でどんどん買い続ける...

この行動が危険信号であるとの指摘だ。

日銀の政策転換で国債の価格下落が全く無視されてしまっていると。

日銀がひたすらに買い続けるバブル。

そこで迎える結末が、国債依存症となった金融機関の安楽死、

ひいては日本経済そのものが安楽死するというのだ。黒田バズーカ砲によって急激に膨らんだ

バブルの出口は、景気が回復し万が一物価上昇率が2%を達した時に

必然的に金融緩和が縮小へ向かうことだ、と。

実際に乱高下する様相からバブルの最終局面を迎えているとも。

さて、ここで冒頭の何がハイブリッド・バブルなのかという説明について触れておこう。

本書で定義する3つのカテゴリに分類した投資家たち、

特に第2カテゴリの合理的に国債を保有する投資家と

第3カテゴリの安定的に国債を買い続ける投資家たちがつくる取引均衡をそう表現している。

因みに第1カテゴリは国債を買わない投資家だそうだ。

また、こうしたハイブリッド・バブルを構成する投資家たちによって

国債の安定性が飛躍的に上昇し市場を20年以上にわたり安定させてきたのだという。

なるほど、それならば今の今まで国内保有率が圧倒的で

安定しているという神話が成り立っていたことも納得できるかもしれない。

アベノミクスの3本の矢の第一の矢(大胆な金融政策)と

第二の矢(機動的な財政政策)をつなぐ国債が果たす役割を

実態民間経済のに当てはめながら分析する、いい取り組みを行っていると思う。

どうもこれによると、結局黒田総裁の異次元量的緩和は、最終局面に入っている

国債バブルを急激に膨張、収縮させるリスクを高め国債崩壊を確実にしたのだとか。

言うなればやっちまったなぁ、黒田さんってことか。

何か為替介入と勘違いしてない?との見方をされているようだ。

デフォルトしちゃうのかねぇ、心配だねぇ。